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こころの風景 スケッチ:こころの風景

晩秋の立命館大学。

久しぶりの衣笠キャンパス訪問

キャンパスをゆっくり眺めていると、学生にとってとても過ごしやすく、本当に学びやすいキャンパスになったものだという実感が湧いてきます。大学作成の歴史を見るといくつか興味深いことが書かれています。平安時代この地は狩猟場であったことや衣笠山は葬送の地であったこと、その名の由来は第59代宇多天皇が夏に雪をかぶった山を見たいと所望(何とわがまま)し、大きな絹布で山を覆ったことから衣掛山、衣笠山と呼ばれるようになったとか。その後の大正時代には住宅地として開発され著名な日本画家が多く居を構えたことから「衣笠絵描き村」との異名を取っていたり、近くの等持院には映画撮影所がありマキノ省三が活躍していたこと、そして1938(昭和13)年には校舎建設が始まり戦後1948(昭和23)年に今の中央広場あたりに総合体育施設の一つとして立命館球場がありプロ野球公式戦も開催されており多くの市民の楽しみの場であったことなど。広小路学舎からここへ完全に移転が完了したのが1981(昭和56)年、さらに大学の発展とともに整備が進んで現在、法学部他5学部、8大学院があり多くの学生がこの素晴らしい環境で学んでいます。私が在籍していたころは今スケッチしている場所はグランドであり、結構殺風景なキャンパスであったことなどを思い出しながら正面の研心館と左の創思館をかつての天皇が無理をいったことから名付けられた衣笠山を背景に描いています。衣笠の地の歴史の詳しくはホームページに紹介されています。

 

立命館大学衣笠キャンパス

立命館大学衣笠キャンパス、研心館と創志館。

中央広場の東端に立命館の発展に貢献した末川 博総長の手による「未来を信じ 未来に生きる」を記した碑文があります。これは広小路から衣笠への完全移転を記念して1980(昭和55)年に建てられたものです。記されている揮毫はもともと「わだつみの像」の台座の銘文として書かれたものであるということです。学生をこよなく愛し、未来を担う青年たちに大きな夢を託された末川総長の精神を表しています。

末川博、記念碑。

末川博総長の手による署を用いた衣笠移転記念碑

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